限りなき思ひのほどの夢のうちは
おどろかさじと嘆き来しかな
- 歌の意味
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限りない悲しみに沈んでおられる、夢のようなその間は、お驚かせすまいと、お見舞いも控えて嘆いてきたことだ。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 828
詞書「権中納言道家母隠れ侍りにける秋、摂政太政大臣のもとに遣はしける」
弔いの訪れと見舞いを詠む一連の二首目で、贈答の贈歌である。限りない悲しみの夢の中にいる間はお驚かせすまいと、見舞いを控えて嘆いてきたと詠む。詞書によれば、権中納言道家の母が亡くなった年の秋に、摂政太政大臣のもとへ贈った歌である。
作者は権中納言藤原俊忠の子で、皇太后宮大夫を務め、『千載和歌集』を撰進した。藤原定家の父である。「摂政太政大臣」は藤原良経で、九条兼実の子であり、『新古今和歌集』の仮名序を書いた。「権中納言道家」は良経の子の九条道家で、その母は良経の妻である一条能保の娘である。
場面は道家の母が亡くなった年の秋、場所は記されていない。
直接の契機は、妻を亡くした良経を見舞ったことである。
初句「限りなき」は、限りのない、の意で、二句の「思ひ」にかかる。
二句「思ひのほどの」の「思ひ」は、妻を亡くした悲しみである。「ほど」は、…の間、の意である。
三句「夢のうちは」は、夢の中にいる間は、の意である。死別の直後の、現実とも思えない悲しみの日々を夢にたとえる。
四句「おどろかさじと」の「おどろかす」は、目を覚まさせる、はっとさせる意である。「じ」は打消意志で、夢の中の相手を驚かせまいと、の意となる。見舞いの言葉によって悲しみをかき立てまいとする心遣いをいう。
結句「嘆き来しかな」の「来し」は、…してきた、の意で、「かな」は詠嘆である。見舞いを控えながら、自分もひそかに嘆いてきたという。前歌の第八百二十七首が亡き人の住まいを訪れた歌であったのに続き、ここでは遺された人への見舞いの歌となる。次歌の第八百二十九首は、この「夢」を受けて返す。
かくる:貴人が亡くなる
おどろかす:目を覚まさせる、はっとさせる
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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