世の中は見しも聞きしもはかなくて
むなしき空の煙なりけり
- 歌の意味
-
世の中は、自分が見た死も人から聞いた死も、ともにはかなくて、何もない空に消える煙なのであった。
- 鑑賞
-
巻第八 哀傷歌 830
詞書「母の思ひに侍りけるころ、又亡くなりにける人のあたりより問ひて侍りければ遣はしける」
弔いの訪れと見舞いを詠む一連の四首目である。世の中は見たものも聞いたものもはかなく、むなしい空の煙であったと詠む。詞書によれば、母の喪に服していたころ、同じく人を亡くした家から見舞いを受けたので、返事として贈った歌である。
作者は左京大夫藤原顕輔の子で、六条藤家の歌学を継ぎ、歌学書『袋草紙』を著した。
場面は母の喪中、場所は記されていない。
直接の契機は、同じく人を亡くした家から見舞いを受けたことである。
初句「世の中は」は、この世の中は、の意である。
二句「見しも聞きしも」は、自分が見たことも人から聞いたことも、の意である。自分の母の死と、見舞いをくれた相手の家の死とを並べる。
三句「はかなくて」は、はかなくて、の意で、四句以下へ続ける。
四句「むなしき空の」の「むなしき空」は、何もない空である。本巻の第八百二十一首にも見える語で、火葬の煙の消えてゆく先をいう。
結句「煙なりけり」の「けり」は詠嘆で、煙であったのだと気づく心を示す。自分の悲しみと相手の悲しみを分け隔てず、ともに空に消える煙として受け止めている。前歌の第八百二十九首までの贈答に続き、見舞いに応える歌で、弔いの訪れと見舞いを詠む一連が結ばれる。本巻の第八百二十首から第八百二十二首の煙の歌とも響き合う。
おもひ:喪に服すること
とふ:見舞う
- 作者
-
藤原清輔
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-