昨日見し人はいかにと驚けど
なほ長き夜の夢にぞありける
- 歌の意味
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昨日会った人がどうして亡くなったのかと、はっと驚き目覚めるけれど、それでもなお、迷いの長い夜の夢の中にいるのであった。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 833
詞書は前の歌に続き「無常の心を」
無常の心を詠む一連の三首目である。昨日見た人はどうしたのかと驚くけれど、なお長い夜の夢の中にいるのであったと詠む。詞書は前歌に続き「無常の心」を詠んだものである。
原文にはこの歌の作者名がなく、前歌の作者を受ける。作者は関白藤原忠通の子で、天台座主を四度務めた。
場面と場所は記されていない。
直接の契機は、「無常の心」を題とする詠である。
初句「昨日見し」は、昨日会った、の意である。「し」は過去で、つい昨日まで元気であった人をいう。
二句「人はいかにと」の「いかに」は、どうしたのか、の意である。昨日の人が今日は亡いことに対する驚きをいう。
三句「驚けど」の「驚く」は、はっと気づく意と、目を覚ます意を合わせ持つ。「ど」は逆接で、驚き目覚めるけれど、の意となる。
四句「なほ長き夜の」の「長き夜」は、秋冬の長い夜の意に、仏教でいう迷いの世界を長い夜にたとえる意が重なる。
結句「夢にぞありける」の「ぞ」は強意の係助詞で、「ける」と連体形で結ぶ。人の死に驚いて目覚めたつもりでも、なお迷いの夢から覚めてはいないという。前歌の第八百三十二首が死の定めを知らない人を詠んだのに続き、ここでは驚いてもなお悟りきれない自分を含めた人の姿を詠む。次歌の第八百三十四首も同じ一連の歌である。
おどろく:はっと気づく、目を覚ます
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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