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蓬生にいつかおくべき露の身は
今日の夕暮れ明日の曙

歌の意味
蓬の生い茂る野に、いつ置かれることになるのか分からない露のようなこの身は、今日の夕暮れか、明日の曙か。
鑑賞
巻第八 哀傷歌 834

詞書は前の歌に続き「無常の心を」
 無常の心を詠む一連の四首目である。蓬生にいつ置かれるか分からない露の身は、今日の夕暮れか明日の曙かと詠む。詞書は前歌に続き「無常の心」を詠んだものである。
 原文にはこの歌の作者名がなく、前歌の作者を受ける。作者は関白藤原忠通の子で、天台座主を四度務めた。
 場面と場所は記されていない。
 直接の契機は、「無常の心」を題とする詠である。

 初句「蓬生に」の「蓬生」は、蓬などの雑草が生い茂った荒れ地である。ここでは死者の葬られる野を思わせる。
 二句「いつかおくべき」の「おく」は、露が置く意と、亡骸を野に置く意を掛ける掛詞である。「いつか」は疑問で、いつ置かれることになるのか、の意となる。
 三句「露の身は」は、露のようにはかない身は、の意である。本巻の第七百五十七首以来の露のたとえを、ここでは自分の身に当てる。
 四句「今日の夕暮れ」は、今日の夕暮れか、の意である。
 結句「明日の曙」は体言止めである。四句と結句に「今日の夕暮れ」「明日の曙」と時を並べ、死の時は今日の暮れか明日の朝か分からないほど近いという。前歌の第八百三十三首が長き夜の夢を詠んだのに対し、ここでは夕暮れと曙というごく短い時の単位で命を測り、同じ主題を別の尺度で示している。

よもぎふ:蓬などの雑草が生い茂った荒れ地
おく:露が置く意と、亡骸を野に置く意を掛ける
作者
慈円
出典
新古今和歌集
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