あはれとも心に思ふほどばかり
言はれぬべくは問ひこそはせめ
- 歌の意味
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お気の毒だと心に思っているほどに、それを言葉で言い表すことができるのならば、きっとお見舞いもしたであろう。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 838
詞書「嘆くこと侍りける人、問はずと恨み侍りければ」
死を悼む人を見舞う一連の三首目で、一連の最後の歌である。心に思うほどに言葉で言えるのならば見舞いもしただろうと詠む。詞書によれば、嘆くことのあった人が、見舞いに来ないと恨んだので詠んだ歌である。
原文にはこの歌の作者名がなく、前歌の作者を受ける。作者は俗名を佐藤義清といい、出家して諸国を旅して歌を詠んだ。
場面は相手が人を亡くして嘆いていたころ、場所は記されていない。
直接の契機は、見舞いに来ないと相手に恨まれたことである。
初句「あはれとも」の「あはれ」は、気の毒だ、悲しいと思う心である。
二句「心に思ふ」は、心の中で思っている、の意である。
三句「ほどばかり」は、その程度に、の意で、心に思っている深さのままに、の意となる。
四句「言はれぬべくは」の「れ」は可能、「ぬべく」は、きっと…できそうである、の意である。「は」は仮定を示し、言葉で言い表すことができそうならば、の意となる。
結句「問ひこそはせめ」の「こそ」は強意の係助詞で、「め」と已然形で結ぶ。「問ふ」は見舞う意である。心の悲しみが深すぎて言葉にならないので、見舞いに行けなかったのだと答える。前歌の第八百三十七首が見舞いの歌であったのに対し、ここでは見舞わなかった理由を述べ、見舞う側と見舞われる側の思いの行き違いを詠む。死を悼む人を見舞う一連はこの歌で結ばれる。
とふ:見舞う
うらむ:恨みに思う
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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