後れゐて見るぞ悲しきはかなさを
憂き身の跡となに頼みけん
- 歌の意味
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子に先立たれて生き残り、その墓を見るのが悲しい。はかない命であったのに、どうしてつらいこの身の後を託す者として頼みにしていたのだろう。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 840
詞書「左近中将通宗が墓所にまかりて詠み侍りける」
無常を我が身に引き寄せて思う一連の二首目である。後に残されて墓を見るのが悲しい、はかない命をどうして我が身の跡と頼みにしたのかと詠む。詞書によれば、左近中将通宗の墓所に出向いて詠んだ歌である。
作者は内大臣源雅通の子で、内大臣に至った。後鳥羽院の近臣として権勢をふるい、和歌所の寄人も務めた。「左近中将通宗」は作者の子の源通宗で、左近衛中将となったが、父に先立って亡くなった。
場面は通宗の没後、場所は通宗の墓所である。
直接の契機は、子の通宗の墓所を訪れたことである。
初句「後れゐて」は、先立たれて後に残っていて、の意である。子に先立たれた親の立場をいう。
二句「見るぞ悲しき」の「ぞ」は強意の係助詞で、「悲しき」と連体形で結ぶ。墓所を見ることの悲しさをいう。ここで二句切れとなる。
三句「はかなさを」は、はかない命であるのに、の意である。通宗の命のはかなさをいう。
四句「憂き身の跡と」の「憂き身」は、つらいことの多い我が身である。「跡」は、自分の死後に後を継ぐ者の意である。
結句「なに頼みけん」の「なに」は、どうして、の意である。「けん」は過去の原因推量で、どうして頼みにしていたのだろうか、と結ぶ。自分の後を託すはずの子に先立たれた嘆きである。前歌の第八百三十九首が人の死をいつまでよそに聞けるかと詠んだのに続き、ここでは死が我が子の上に現れる。本巻の第八百十三首が幼い子を失って世を頼んでいたことを嘆いたのと、子に頼みをかけた親の嘆きで響き合う。
おくる:人に死なれて後に残る
ぼしよ:墓のある所
うきみ:つらいことの多い身
- 作者
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源通親
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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