あらざらん後しのべとや袖の香を
花橘にとどめ置きけん
- 歌の意味
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自分がこの世にいなくなった後にしのんでくれというのか、あの子は袖の香を、花橘にとどめ置いていったのであろう。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 844
詞書「子の身まかりにける次の年の夏、かの家にまかりたりけるに、花橘の香りければ詠める」
身近な人の死を嘆く一連の一首目である。いなくなった後にしのべというのか、袖の香を花橘にとどめ置いたのであろうと詠む。詞書によれば、子が亡くなった翌年の夏、子の住んでいた家に出向いたところ、花橘が香っていたので詠んだ歌である。
作者は平安時代後期の歌人で、日吉社の禰宜を務めた。
場面は子が亡くなった翌年の夏、場所は亡き子の住んでいた家である。
直接の契機は、亡き子の家で花橘の香りをかいだことである。
本歌は『古今和歌集』のよみ人しらずの歌で、五月を待って咲く花橘の香をかぐと、昔親しんだ人の袖の香がすると詠むものである。
初句「あらざらん」は、この世にいなくなるであろう、の意である。「ざら」は打消、「ん」は推量で、亡き子が自分の死後を思っていたことを想像する。
二句「後しのべとや」の「や」は疑問の係助詞で、結句の「けん」で結ばれる。死んだ後にしのんでくれというのか、の意である。
三句「袖の香を」は、本歌の「昔の人の袖の香」を受ける。
四句「花橘に」は、本歌と同じく花橘を詠み、昔の人の袖の香を思わせる花とする。
結句「とどめ置きけん」の「けん」は過去推量で、とどめ置いていったのであろう、の意である。本歌では花橘の香が昔の人を思い出させるのに対し、ここでは亡き子がみずから袖の香を花橘に残していったと見る。本歌取りによって、花橘を子の形見としている。前歌の第八百四十三首までの法事の歌から、ここでは亡き子の家の景物に寄せる歌へと移る。
みまかる:亡くなる
はなたちばな:橘の花
- 作者
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祝部成仲
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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