いつの間に身を山がつになし果てて
都を旅と思ふなるらん
- 歌の意味
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いつの間に、この身をすっかり山里に住む者にしてしまって、都を旅先と思うようになったのだろうか。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 848
詞書「通ひける女、山里にてはかなくなりにければ、つれづれとこもりゐて侍りけるが、あからさまに京へまかりて、暁帰るに、鳥鳴きぬと人々急がし侍りければ」
身近な人の死を嘆く一連の五首目で、一連の最後の歌である。いつの間に身を山里の者にしてしまい、都を旅と思うようになったのかと詠む。詞書によれば、通っていた女が山里で亡くなったので、そこにひっそりとこもっていたが、ちょっと都へ出かけ、暁に山里へ帰ろうとすると、鶏が鳴いたと人々が急がせたので詠んだ歌である。
作者は藤原顕季の子で、左京大夫を務め、崇徳院の命により『詞花和歌集』を撰進した。六条藤家の歌人である。
場面は暁、場所は一時的に出かけた都である。
直接の契機は、女の亡くなった山里へ暁に帰ろうとして、人々に急がされたことである。
初句「いつの間に」は、いつの間に、の意で、結句の「らん」と呼応して、自分の変化に驚く心を示す。
二句「身を山がつに」の「山がつ」は、山里に住む者である。女の亡くなった山里にこもり続けた自分をいう。
三句「なし果てて」は、すっかりしてしまって、の意である。
四句「都を旅と」は、本来住むべき都を、旅先と、の意である。詞書の、都から山里へ急いで帰ろうとするさまを受ける。
結句「思ふなるらん」の「らん」は原因推量で、思うようになったのだろうか、の意である。亡き女の山里こそが帰る所となり、住み慣れた都がかえって旅先のように思われるという。前歌の第八百四十七首まで、友や妻や帝を失った嘆きが続き、ここでは恋人を失って住む所さえ変わった我が身を詠み、身近な人の死を嘆く一連を結ぶ。
かよふ:男が女のもとへ通う
はかなくなる:亡くなる
あからさまなり:ほんのちょっと、一時的である
やまがつ:山里に住む者
- 作者
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藤原顕輔
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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