白玉か何ぞと人の問ひし時
露と答へて消なましものを
- 歌の意味
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「あれは真珠か、何なの」とあの人が尋ねたとき、「露だよ」と答えて、露のように私も消えてしまえばよかったのに。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 851
詞書は前の歌に続き「題しらず」
古い時代の歌人による哀傷歌の一連の三首目である。白玉か何かと人が問うたとき、露と答えて消えてしまえばよかったのにと詠む。詞書は前歌に続き題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は平城天皇の皇子阿保親王の子で、六歌仙、三十六歌仙の一人である。
場面と場所は記されていない。
直接の契機は伝わらない。
この歌は『伊勢物語』第六段にも見え、男が女を盗み出して芥川のほとりを連れて行くと、女が草の上の露を見て「あれは何か」と問い、その後、女が鬼に食われて失われたという話に結び付けられている。
初句「白玉か」の「白玉」は、真珠のことである。「か」は疑問で、白玉なのか、の意である。
二句「何ぞと人の」の「人」は、ともにいた女を指す。「何ぞ」は、何なのか、の意である。
三句「問ひし時」の「し」は過去で、尋ねたとき、の意である。
四句「露と答へて」は、露だと答えて、の意である。
結句「消なましものを」の「け」は、消える意の「消ゆ」と同じ意の「消(く)」の連用形である。「な」は完了、「まし」は反実仮想、「ものを」は逆接の詠嘆で、消えてしまえばよかったのに、の意となる。露と答えてそのまま自分も露のように消えていれば、この悲しみを味わうことはなかったという。前歌の第八百五十首が無常を嘆いたのに続き、ここでは失った人との最後の問答を思い返す。本巻の第七百七十五首以来の露のたとえが、ここでは自分も露とともに消えたかったという願いとして示される。
しらたま:真珠
く:消える
- 作者
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在原業平
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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