暮れぬ間の身をば思はで人の世の
あはれを知るぞかつははかなき
- 歌の意味
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日の暮れるまでの間のように短い我が身のことは思わずに、人の世の死の悲しみを知るというのも、一方ではまたはかないことである。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 856
詞書「失せにける人の文の、物の中なるを見出でて、そのゆかりなる人のもとに遣はしける」
平安時代中期の歌人による哀傷歌で巻を結ぶ一連の二首目であり、巻第八哀傷歌の巻末歌である。暮れるまでの間のような我が身を思わずに、人の世のあはれを知るのもまたはかないと詠む。詞書によれば、亡くなった人の手紙が物の中にあるのを見つけ出して、その人にゆかりのある人のもとへ贈った歌である。
作者は藤原為時の娘で、上東門院に仕え、『源氏物語』を著した。
場面は亡き人の手紙を見つけ出したとき、場所は記されていない。
直接の契機は、亡き人の手紙を見つけ出したことである。
初句「暮れぬ間の」は、日が暮れない間の、の意である。日暮れまでのわずかな時間に、人の命の短さをたとえる。
二句「身をば思はで」の「で」は打消の接続で、我が身のことは思わないで、の意である。自分もまた暮れぬ間の命であることを顧みないさまをいう。
三句「人の世の」は、人の世の、の意で、四句の「あはれ」にかかる。
四句「あはれを知るぞ」の「あはれ」は、人の死にまつわる悲しみである。「ぞ」は強意の係助詞で、結句の「はかなき」と連体形で結ぶ。亡き人の手紙を見て人の世の悲しみを知ることをいう。
結句「かつははかなき」の「かつは」は、一方ではまた、の意である。人の死を悲しむ自分もまた、暮れぬ間の身にすぎないのだから、その悲しみを知ること自体がはかないという。悼む者もまた死すべき身であることを見つめる歌である。巻頭歌の第七百五十七首が、末の露と本の雫を人の後れ先立つ例と見たのに対し、巻末のこの歌では、先立つ人を悼む者も暮れぬ間の身であると結び、後れ先立つ無常の理が巻の初めと終わりで呼応している。
うす:亡くなる
ゆかり:縁のある人
- 作者
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紫式部
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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