古典和歌stream

あふさかの関に我が宿なかりせば
別るる人は頼まざらまし

歌の意味
逢坂の関に私の家がなかったならば、別れてゆく人はまた逢えることをあてにしなかっただろう。
鑑賞
巻第九 離別歌 862

詞書「逢坂の関の近きわたりに住み侍りけるに遠き所にまかりける人に餞し侍るとて」
 遠国へ下る人を送る一連の六首目である。逢うという名を持つ逢坂の関に自分の家があるからこそ、旅立つ人は再会をあてにできるのだと詠む。詞書によれば、逢坂の関の近くに住んでいたころ、遠国へ下る人に餞別をする際に詠まれた。
 作者は藤原利基の子で、中納言に至り、賀茂川の堤に邸を構えたことから堤中納言と呼ばれた。
 場面は遠国へ下る人を見送るとき、場所は逢坂の関の近くにあった作者の住まいである。
 直接の契機は、遠国へ下る人に餞別をしたことである。
 逢坂の関は山城国と近江国の境にあった関所で、現在の滋賀県大津市にあたり、都から東へ向かう人を見送る場所として「逢ふ」を掛けて詠まれた。

 初句「あふさかの」は逢坂の関の地名に「逢ふ」を掛ける。別れの場所でありながら、名には再会が含まれている。
 二句「関に我が宿」は、逢坂の関に自分の家が、の意である。詞書にいう、関の近くに住んでいた事情がそのまま詠み込まれている。
 三句「なかりせば」は、なかったならば、の意で、事実に反する仮定を示す。結句の「まし」と呼応して反実仮想の構文をなす。
 四句「別るる人は」は、別れてゆく人、すなわち遠国へ下る人を指す。
 結句「頼まざらまし」は、再会をあてにしないだろう、の意である。裏返せば、逢坂の関のそばに住む自分がいるからこそ、旅立つ人は再び逢えることを頼みにできるという機知であり、別れの歌に明るさを添えている。前歌が陸奥国の遠さを嘆いたのに対し、本歌は関の名に再会の望みを見いだしている。

あふさか:逢坂の関の地名に、逢ふの意を掛ける
はなむけ:旅立つ人に贈り物をしたり宴を設けたりして送ること
たのむ:あてにする、期待する
作者
藤原兼輔
出典
新古今和歌集
その他の歌