別れての後も逢ひ見むと思へども
これをいづれの時とかは知る
- 歌の意味
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別れた後もまた逢おうと思うけれども、それをいつの時と知ることができようか。
- 鑑賞
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巻第九 離別歌 870
詞書「題しらず」
再会の時を思う一連の二首目である。別れた後もまた逢おうと思うが、それがいつになるかは知ることができないと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は大江音人の子で、宇多天皇の命により漢詩の句を題とした『句題和歌』を撰進した。
場面は人と別れるとき、場所は記されていない。
直接の契機は伝わらない。
初句「別れての」は、別れての、の意で、次の「後」にかかる。
二句「後も逢ひ見むと」は八音の字余りである。別れた後にもまた逢おうという期待を示す。
三句「思へども」は、思うけれども、の意で、逆接によって期待を打ち消す方向へ転じる。
四句「これをいづれの」は、それをいつの、の意で、「これ」は再会を指す。
結句「時とかは知る」は、いつの時と知ろうか、いや知ることはできない、の意で、係助詞「かは」による反語を連体形「知る」で結ぶ。前歌が「いつか逢ひ見む」と再会の時を問うたのに対し、本歌はその時を知ることはできないと示しており、二首が問いと答えのように並んでいる。
あひみる:対面する、互いに逢う
- 作者
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大江千里
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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