唐土も天の下にぞありと聞く
照る日のもとを忘れざらなむ
- 歌の意味
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唐土も同じ天の下にあると聞く。照る日の下にあるこの日本を忘れないでほしい。
- 鑑賞
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巻第九 離別歌 871
詞書「成尋法師入唐し侍りけるに母のよみ侍りける」
遠い旅に出る人との別れを詠む一連の一首目である。唐土も同じ天の下にあると聞くが、照る日の下にある日本を忘れないでほしいと、入唐する子に願う。詞書によれば、成尋が入唐する際に母が詠んだ歌である。
原文に作者名はなく、詞書に「母」とあることから、作者は成尋の母であり、成尋阿闍梨母と呼ばれる。子との別れの悲しみをつづった家集『成尋阿闍梨母集』を残した。
場面は成尋が宋へ渡るため旅立つとき、場所は都である。
直接の契機は、子の成尋の入唐である。
成尋は天台宗の僧で、延久四年(1072)に宋へ渡り、天台山や五台山を巡礼して彼の地で没した。
初句「唐土も」は中国を指す。係助詞「も」が、日本と同じく、の意を含み、遠い異国をこの国と並べて示す。
二句「天の下にぞ」は、同じ天の下に、の意で、係助詞「ぞ」が強く取り立てる。
三句「ありと聞く」は、「ぞ」を受けて連体形「聞く」で結び、ここで三句切れとなる。唐土も同じ天の下にあると言い聞かせて、別れの遠さを和らげようとしている。
四句「照る日のもとを」の「ひのもと」は、照る日の下の意と、日本の意を掛ける。二句の「天の下」と「照る日」とが対応し、同じ天の下にありながら、日の照るもとの国はこの国であると示す。
結句「忘れざらなむ」は、忘れないでほしい、の意で、終助詞「なむ」が相手への願望を表す。前歌が再会の時は知ることができないと詠んだのに対し、本歌は再会を口にせず、故国を忘れないでほしいと願う。本巻の第八百六十三首と第八百六十四首も入唐する僧との別れの歌であり、見送る側の心が二度にわたって置かれている。
もろこし:中国の古い呼び名
ひのもと:照る日の下の意と、日本の意を掛ける
にふたう:中国へ渡ること
- 作者
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成尋阿闍梨母
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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