帰り来む程思ふにも武隈の
まつ我が身こそいたく老いぬれ
- 歌の意味
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あなたが帰って来るまでの年月を思うにつけても、武隈の松のように待ち続ける我が身の方がひどく老いてしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第九 離別歌 878
詞書「陸奥国の守基頼の朝臣久しく逢ひ見ぬよし申していつ上るべしとも言はず侍りければ」
遠国の国司との別れを詠む一連の二首目である。陸奥守が帰京の時期を告げないので、武隈の松のように待つ自分はすっかり老いてしまったと詠む。詞書によれば、陸奥守の基頼が久しく逢っていないと言ってよこしながら、いつ上京するとも言わなかったので詠んだ歌である。
作者は右大臣藤原俊家の子で、官位には恵まれなかったが、歌合の判者を務め、藤原俊成の師となった。
場面は基頼が陸奥守として任地にあるころ、場所は都である。
直接の契機は、陸奥守の基頼から、久しく逢わないと言いながら上京の時期を告げない便りが届いたことである。
詞書の「基頼の朝臣」は、当時陸奥守として任地にあった人物である。武隈の松は陸奥国の歌枕で、現在の宮城県岩沼市にあり、根元から二本に分かれた松として知られた。
初句「帰り来む」は、帰って来るであろう、の意で、基頼が都へ帰る時を思う。
二句「程思ふにも」は、その時期を思うにつけても、の意である。詞書にいう、上京の時を告げない相手への思いが示される。
三句「武隈の」は陸奥国の歌枕で、基頼の任地にちなむ。次の「まつ」を導いている。
四句「まつ我が身こそ」の「まつ」は、武隈の松の意と、待つ意を掛ける。係助詞「こそ」が我が身を強く取り立てる。
結句「いたく老いぬれ」は、ひどく老いてしまった、の意で、「こそ」を受けて完了の助動詞「ぬ」の已然形「ぬれ」で結ぶ。松は長寿を象徴するものであるのに、待つ我が身はかえって老いたという反転がある。前歌が送る側から再会までの時を月に託したのに対し、本歌は帰りを待つ側の老いを詠んでおり、本巻の第八百六十七首も陸奥国の国司との別れで残りの命の少なさを嘆く歌として響き合っている。
たけくま:陸奥国の歌枕で、武隈の松で知られる地
まつ:松の意と、待つ意を掛ける
のぼる:地方から都へ行く
- 作者
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藤原基俊
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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