思へども定めなき世のはかなさに
いつを待てともえこそ頼めね
- 歌の意味
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あなたを思うけれども、定めのない世のはかなさゆえに、いつを待てとあてにさせることはとてもできない。
- 鑑賞
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巻第九 離別歌 879
詞書「修行に出で侍りけるによめる」
帰りの時を約束しがたい別れを詠む一連の一首目である。相手を思いはするが、定めのない世のはかなさゆえに、いつ帰るから待てとあてにさせることはできないと詠む。詞書によれば、修行に出立する際に詠まれた。
作者は参議源基平の子で、園城寺の僧となり、大峰などで修行を重ねて、天台座主、大僧正に至った。
場面は修行に出立するとき、場所は記されていない。
直接の契機は、修行に出立したことである。
初句「思へども」は、思うけれども、の意である。本巻の第八百七十首の三句と同じ語で、思いがあってもかなわない再会を示す語として用いられている。
二句「定めなき世の」は、定めのない世の、の意で、仏教的な無常の世を示す。
三句「はかなさに」は、はかなさのために、の意で、「に」が原因を表す。
四句「いつを待てとも」は、いつを待てとも、の意で、帰る時を示して待たせることを指す。
結句「えこそ頼めね」は、あてにさせることはできない、の意で、副詞「え」が打消と呼応して不可能を表し、係助詞「こそ」を受けて打消の「ず」の已然形「ね」で結ぶ。「頼め」は下二段活用で、あてにさせる意である。本巻の第八百七十二首も修行に出る僧の歌で「心地こそせね」と結んでおり、修行の旅立ちの二首が同じ「こそ…ね」の結びを持つ。前歌が待ち続けて老いた側の歌であったのに対し、本歌は待たせることを約束できない旅立つ側の歌となっている。
たのむ:下二段活用で、あてにさせる、期待させる
- 作者
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行尊
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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