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帰り来む程をや人に契らまし
忍ばれぬべき我が身なりせば

歌の意味
帰って来る時期をあの人に約束もしただろうか。私がきっと恋しく思い出してもらえる身であったならば。
鑑賞
巻第九 離別歌 882

詞書は前の歌に続き「別れの心をよめる」
 帰りの時を約束しがたい別れを詠む一連の四首目である。自分が人に恋しく思い出してもらえる身であれば帰る時を約束もしようが、そうではないので約束はしないと詠む。詞書は前歌から続き、別れの心を題として詠まれた。
 作者は平安時代後期の僧で、俊恵の歌林苑に集った歌人の一人である。
 場面は人と別れるとき、場所は記されていない。
 直接の契機は、前歌と同じく「別れの心」の題による詠である。

 初句「帰り来む」は、帰って来るであろう、の意である。本巻の第八百七十八首の初句と同じ語で、帰りの時をめぐる歌が並べられている。
 二句「程をや人に」は、その時期を人に、の意で、係助詞「や」が疑問を表す。
 三句「契らまし」は、約束しただろうか、の意で、「や」を受けて「まし」の連体形で結び、三句切れとなる。結句の「せば」と呼応して反実仮想の構文をなす。
 四句「忍ばれぬべき」の「忍ぶ」は、恋しく思い出す意である。受身の「る」、強意の「ぬ」、推量の「べし」が重なり、きっと恋しく思い出されるはずの、の意となる。
 結句「我が身なりせば」は、我が身であったならば、の意で、倒置によって仮定を最後に置く。自分は人に慕われるほどの身ではないという卑下によって、約束しない別れを詠んでいる。前々歌の第八百八十首が突然の別れを理由に約束しなかったのに対し、本歌は自分が慕われる身ではないことを理由としており、約束のない別れの理由がさらに別の方向から示されている。

ちぎる:約束する
しのぶ:恋しく思い出す
作者
登蓮
出典
新古今和歌集
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