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誰としも知らぬ別れの悲しきは
松浦の沖を出づる舟人

歌の意味
誰とも知らない人との別れであっても悲しいのは、松浦の沖を漕ぎ出してゆく舟人である。
鑑賞
巻第九 離別歌 883

詞書「守覚法親王五十首歌よませ侍りける時」
 海路の別れを詠む一連の一首目である。誰とも知らない人との別れであっても、松浦の沖へ出てゆく舟人との別れは悲しいと詠む。詞書によれば、守覚法親王が歌人たちに五十首歌を詠ませた際の歌である。
 作者は藤原為経の子で、母は美福門院加賀であり、似絵の名手として知られた。
 場面は沖へ舟が出てゆくとき、場所は肥前国の松浦の沖である。
 直接の契機は、守覚法親王が詠ませた五十首歌である。
 守覚法親王は後白河天皇の皇子で、仁和寺の門跡である。松浦は肥前国の歌枕で、現在の佐賀県唐津市から長崎県北部にかけての沿岸であり、大陸へ渡る船の出る地として知られ、大伴狭手彦が任那へ渡る際に松浦佐用姫が領巾を振って別れを惜しんだという伝説がある。

 初句「誰としも」は、誰とも、の意で、副助詞「し」と係助詞「も」が「誰」を強める。
 二句「知らぬ別れの」は、知らない人との別れの、の意である。親しい相手ではない別れであることを示す。
 三句「悲しきは」は、悲しいのは、の意で、係助詞「は」が主題を示し、結句でその答えを示す構文となる。
 四句「松浦の沖を」は、肥前国の歌枕松浦の沖である。松浦佐用姫の別れの伝説を背負う地名が選ばれている。
 結句「出づる舟人」は体言止めで、悲しいのは沖へ出てゆく舟人であると答える形で結ぶ。前歌までが贈答や詞書に記された人との別れであったのに対し、本歌は特定の相手を持たない題詠で、見知らぬ人との別れにさえ感じる悲しみを詠んでいる。次歌の第八百八十四首も筑紫へ海路を行く人を送る歌であり、海路の別れが続いている。

ふなびと:舟に乗る人、船頭や船客
ひれ:女性が首から肩にかけた細長い布
作者
藤原隆信
出典
新古今和歌集
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