さりともとなほ逢ふことを頼むかな
死出の山路を越えぬ別れは
- 歌の意味
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そうはいってもやはり、また逢うことをあてにすることだ。死出の山路を越えてしまう別れではないのだから。
- 鑑賞
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巻第九 離別歌 887
詞書は前の歌に続き「遠き所に修行せんとて出で立ち侍りけるに人々別れ惜しみてよみ侍りける」
修行に出る別れを詠む一連の二首目である。死出の山路を越える別れではないのだから、やはり再会をあてにすると詠む。原文に作者名はなく、前歌に続いて西行の作である。
作者は俗名を佐藤義清といい、鳥羽院の北面の武士であったが出家し、諸国を旅して家集『山家集』を残した。
場面は修行に出立するとき、場所は都である。
直接の契機は、前歌と同じく、遠い所へ修行に出るにあたって人々が別れを惜しんだことである。
初句「さりともと」は、そうはいっても、の意である。帰る時が知れないという前歌の言葉を受けたうえで、なお、と転じる。
二句「なほ逢ふことを」は、それでもやはり逢うことを、の意である。
三句「頼むかな」の「頼む」は四段活用で、あてにする意である。前歌の下二段「頼め」が相手にあてにさせる意であったのに対し、本歌は自らあてにする意で用いられ、同じ語が贈る側と自らの側とで使い分けられている。
四句「死出の山路を」は、死んだ人が越えるという山の道である。生きての別れと死の別れとを比べる尺度として置かれる。
結句「越えぬ別れは」は、越えることのない別れは、の意で、打消の「ぬ」が生死の境を隔てていないことを示す。本巻の第八百七十二首や第八百八十一首がこの別れを最後の旅かと疑ったのに対し、本歌は死別でないことを支えとして再会を頼みにしており、同じ主題を逆の側から詠んでいる。
しでのやま:死んだ人が越えるという山
たのむ:四段活用で、あてにする
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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