帰り来む程を契らむと思へども
老いぬる身こそ定めがたけれ
- 歌の意味
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帰って来る時期を約束しようと思うけれども、老いてしまった我が身のことは定めがたい。
- 鑑賞
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巻第九 離別歌 888
詞書「遠き所へまかりける時師光餞し侍りけるによめる」
老いを理由に帰る時を約せない別れを詠む歌である。帰京の時期を約束しようと思うが、老いた身では定めることができないと詠む。詞書によれば、遠い所へ下る際、師光が餞別をしたので詠まれた。
作者は俗名を藤原敦頼といい、老年に至るまで歌に執心したと伝えられる。
場面は遠い所へ下る出立のとき、場所は都である。
直接の契機は、遠い所へ下るにあたり師光が餞別をしたことである。
詞書の「師光」は源師光で、歌人として知られ、俊恵の歌林苑に集った人々の一人である。
初句「帰り来む」は、帰って来るだろう、の意である。本巻の第八百七十八首、第八百八十二首と同じ初句であり、帰る時を思う語がここでも繰り返されている。
二句「程を契らむと」は、その時期を約束しようと、の意である。第八百八十二首が「程をや人に契らまし」と詠んだのと同じ言葉であり、約束しようとして果たせない点も共通する。
三句「思へども」は、思うけれども、の意で、逆接によって約束できない理由へ転じる。
四句「老いぬる身こそ」は、老いてしまった我が身こそ、の意で、係助詞「こそ」が結句の已然形と係り結びをなす。
結句「定めがたけれ」は、定めがたい、の意で、「こそ」を受けて已然形で結ぶ。第八百八十二首が我が身のつたなさ、前歌が死出の山を越えぬことを言ったのに対し、本歌は老いを理由としており、本巻の第八百六十七首や第八百七十八首と同じく、老いが再会を危ぶむ理由として繰り返されている。
はなむけ:旅立つ人に贈り物をしたり宴を設けたりして送ること
さだむ:はっきり決める、定める
- 作者
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道因
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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