別れにし人はまたもやみわの山
すぎにし方を今になさばや
- 歌の意味
-
別れてしまったあの人に、またも逢うことができるだろうか。過ぎ去った昔を、今に取り戻したいものだ。
- 鑑賞
-
巻第九 離別歌 890
詞書は前の歌に続き「題しらず」
題しらずの別れを詠む一連の二首目である。別れた人にまた逢えるだろうかと問い、過ぎ去った昔を今に取り戻したいと願う。原文に詞書はなく、前歌の題をそのまま受けている。
作者は日吉社の神職の家に生まれ、平安時代後期の歌人として知られる。
場面は別れた人を思い返すとき、場所は記されていない。
直接の契機は伝わらない。
結句は『伊勢物語』第三十二段の「いにしへのしづのをだまき繰り返し昔を今になすよしもがな」を踏まえる。三輪山は『古今和歌集』の「わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」でも知られ、訪ねて来ることを促す山として詠まれてきた。
初句「別れにし」は、別れてしまった、の意である。すでに過ぎた別れを詠む点で、旅立ちの場を詠む本巻の他の歌と異なる。
二句「人はまたもや」は、あの人にまたも、の意で、係助詞「や」が疑問を表す。
三句「みわの山」は大和国の三輪山で、「見」を掛け、またも見る、すなわちまた逢うという意を導く。山の名が二句と四句をつなぐ働きをしている。
四句「すぎにし方を」の「すぎ」は、過ぎ去る意に、三輪山の名物である杉を掛ける。三輪山から杉を引き出し、その音で「過ぎ」へ続ける仕立てである。
結句「今になさばや」は、今にしたい、の意で、終助詞「ばや」が願望を表す。前歌が今の別れの涙を詠んだのに対し、本歌は過ぎ去った別れを振り返って昔を求めており、同じ題しらずの一連で時の向きが逆になっている。
みわのやま:大和国の三輪山に、見るの意を掛ける
すぎ:過ぎ去る意と、三輪山の杉の意を掛ける
- 作者
-
祝部成仲
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-