いざ子どもはや日の本へ大伴の
御津の浜松待ち恋ひぬらん
- 歌の意味
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さあ皆の者よ、早く日本へ帰ろう。大伴の御津の浜の松も、私たちを待ち恋しく思っているだろう。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 898
詞書「唐土にてよみ侍りける」
万葉の時代の旅の歌を並べる一連の三首目である。さあ皆、早く日本へ帰ろう、大伴の御津の浜松も待ちこがれているだろうと、唐の地で帰国を促す。詞書によれば唐土で詠まれた歌である。
作者の山上憶良は、奈良時代の官人で歌人である。遣唐使に随って唐に渡り、のちに筑前守を務めた。『貧窮問答歌』の作者として知られる。
場面は遣唐使として唐に滞在していた時、場所は唐土である。
直接の契機は、唐にあって故郷を思ったことである。
この歌は『万葉集』巻一に、憶良が唐にあって故郷を思って作った歌として収められている。
初句「いざ子ども」は、さあ皆の者よ、と呼びかける言葉である。「子ども」は目下の者たちを親しんで呼ぶ語で、同行の人々に向けられている。
二句「はや日の本へ」は、早く日本へ、の意である。唐土の地から故国の名を呼び、帰国を急ぐ思いを示す。前歌までの国内の旅に対し、海の彼方からの旅の歌が置かれている。
三句「大伴の」は「御津」にかかる枕詞である。大伴は難波一帯の古い地名である。
四句「御津の浜松」は、難波の港である御津の浜辺の松である。「浜松」の「松」の音が、次の「待ち」を引き出している。
結句「待ち恋ひぬらん」は、待ち恋しく思っているだろう、の意である。浜松を人のように見立て、故国の側が自分たちを待っていると推し量る。前歌の「妹に恋ひ」が旅人の側から恋うのに対し、この歌では故国の側が恋うものとして詠まれ、恋う方向が反転している。
こども:目下の者たちを親しんで呼ぶ語
みつ:難波の港、御津
- 作者
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山上憶良
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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