天離る鄙の長道を漕ぎ来れば
明石の門より大和島見ゆ
- 歌の意味
-
都から遠く離れた地方からの長い道のりを舟を漕いでやって来ると、明石の海峡から大和の山々が見える。
- 鑑賞
-
巻第十 羈旅歌 899
詞書「題しらず」
万葉の時代の旅の歌を並べる一連の四首目である。遠い地方からの長い船路を漕いで来ると、明石の海峡から大和の山々が見えてきたと、都に近づいた喜びを詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「人麿」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の歌人で、持統天皇、文武天皇の時代に宮廷歌人として活躍し、後世に歌聖と仰がれた。
場面は西の地方から都へ向かう船旅の途中、場所は播磨国の明石の海峡である。
直接の契機は伝わらない。
この歌は『万葉集』巻三に、柿本人麻呂の旅の歌八首の一首として収められている。
初句「天離る」は「鄙」にかかる枕詞である。天のように遠く離れた、の意を持つ。
二句「鄙の長道を」は、都から遠い地方からの長い道のりを、の意である。海路の遠さが「長道」の一語で示される。
三句「漕ぎ来れば」は、舟を漕いでやって来ると、の意である。已然形に「ば」が付き、次の景へと転じる。本巻の第八百九十六首が「置きて去なば」と都を離れる旅を詠んだのに対し、ここでは都へ近づいてくる旅が詠まれる。
四句「明石の門より」は、明石の海峡から、の意である。明石は播磨国の歌枕で、畿内の西の境に近く、ここまで来ると大和の地が望まれる。
結句「大和島見ゆ」は、大和の山々が島のように見える、の意である。「大和島」は海上から遠く望む大和の山並みを島に見立てた語である。前歌で故国の浜松が待っていると詠まれたのを受け、ここでは故国の姿が実際に見えてくる。終止形「見ゆ」で言い切り、長い旅の果てに故郷を見た喜びが率直に示される。
ひな:都から遠く離れた地方、田舎
ながち:長い道のり
と:海峡、瀬戸
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-