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ここにありて筑紫やいづこ白雲の
たなびく山の西にあるらし

歌の意味
ここにいて、筑紫はどちらだろうかと思う。白雲がたなびいているあの山の、その西にあるらしい。
鑑賞
巻第十 羈旅歌 901

詞書「帥の任果てて筑紫より上り侍りけるに」
 万葉の時代の旅の歌を並べる一連の六首目である。筑紫はどこだろうと思いやり、白雲のたなびく山の西にあるらしいと推し量る。詞書によれば、大宰帥の任期を終えて筑紫から上った時の歌である。
 作者の「大納言旅人」は大伴旅人である。奈良時代の公卿で、大宰帥を務めたのち大納言に至った。大伴家持の父である。
 場面は大宰帥の任を終えて上った後、場所は筑紫を離れて上った都の側である。
 直接の契機は、大宰帥の任を終えて筑紫から上ったことである。
 この歌は『万葉集』巻四に、旅人が京に帰った後、筑紫に残る沙弥満誓に答えた歌として収められており、字句に小異がある。

 初句「ここにありて」は、今ここにいて、の意である。六音の字余りで、自分の今いる場所をまず確かめる。
 二句「筑紫やいづこ」は、筑紫はどこであろうか、の意である。助詞「や」を用いた問いかけで、ここで句が切れる二句切れである。
 三句「白雲の」は、白雲が、の意で、次の「たなびく」の主語となる。
 四句「たなびく山の」は、白雲が横に長く引いている山の、の意である。本巻の第九百六首にも「白雲のたなびきわたる」とあり、白雲のかかる山は旅の隔たりを示す景として繰り返し詠まれる。
 結句「西にあるらし」は、西にあるらしい、の意である。「らし」は根拠のある推定を表す助動詞で、目の前の白雲の山を手がかりに、見えない筑紫の方角を推し量っている。巻頭の第八百九十六首が去ってゆく先から故郷を思ったのに対し、この歌は帰り着いた場所から、かつての任地を思いやっており、隔たりを振り返る向きが反転している。

そち:大宰府の長官、大宰帥
つくし:九州、特に筑前と筑後の地
たなびく:雲や霞が横に長く引く
作者
大伴旅人
出典
新古今和歌集
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