駿河なる宇津の山辺のうつつにも
夢にも人に逢はぬなりけり
- 歌の意味
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駿河の国にある宇津の山のあたりに来て、その名のうつつ、すなわち現実でも、夢の中でも、あなたに逢わないのであった。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 904
詞書「駿河の国宇津の山に逢へる人につけて京に遣はしける」
在原業平の東国への旅の歌二首の二首目である。駿河の宇津の山辺にいて、現実にも夢にもあの人に逢えないことだと、都の人への思いを詠む。詞書によれば、駿河の国の宇津の山で出会った人に託して、都へ送った歌である。
作者名は記されておらず、前歌に続いて在原業平の作である。在原業平は平城天皇の皇子阿保親王の子で、六歌仙の一人に数えられる。
場面は東国へ下る旅の途中、場所は駿河国の宇津の山である。
直接の契機は、宇津の山で出会った人に都への手紙を託したことである。
この歌は『伊勢物語』第九段に、宇津の山で顔見知りの修行者に出会い、都の人に宛てた手紙を託した場面の歌として見える。
初句「駿河なる」は、駿河の国にある、の意である。前歌の初句「信濃なる」と同じ形で始まり、国名を冠した二首が並ぶ。
二句「宇津の山辺の」は、駿河国の宇津の山のあたりの、の意である。宇津の山は東海道の峠で、蔦や楓の茂る暗く細い道として『伊勢物語』に描かれる歌枕である。
三句「うつつにも」は、現実にも、の意である。二句の「宇津」と同じ音を重ね、ここまでの上の句が「うつつ」を導く序詞となっている。
四句「夢にも人に」は、夢の中でも人に、の意である。相手が自分を思っていれば夢に現れるとされたことから、夢にさえ逢えないことには、相手の心が離れたのではないかという嘆きが含まれる。
結句「逢はぬなりけり」は、逢わないのであったよ、の意である。「なりけり」は、今改めて気づいた事柄を詠嘆をこめて示す。夢に人を見ないというこの嘆きは、本巻の第九百十二首で故郷の人が旅寝の夢に見えたことを詠む歌と対をなしている。
うつつ:現実、目覚めている状態
つかはす:送る、届けさせる
- 作者
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在原業平
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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