人をなほ恨みつべしや都鳥
ありやとだにも問ふを聞かねば
- 歌の意味
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やはりあの人を恨んでしまってよいのだろうか。都鳥に尋ねたという古歌のように、せめて「無事でいるか」と尋ねてくれる言葉さえ聞かないのだから。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 908
詞書「伊勢より人に遣はしける」
平安時代の歌人による旅の歌を並べる一連の四首目である。都鳥に「ありや」と問うた古歌のように、せめて安否を尋ねてくれる言葉さえ聞かないので、やはりあの人を恨んでよいのだろうかと、伊勢から都の人に訴える。詞書によれば、伊勢から人に贈った歌である。
作者の徽子女王は、醍醐天皇の皇子重明親王の娘である。斎宮として伊勢に下り、のちに村上天皇の女御となって斎宮女御と呼ばれた。三十六歌仙の一人である。
場面は伊勢に滞在していた時、場所は伊勢である。
直接の契機は、伊勢から都の人へ歌を贈ったことである。
この歌は、『古今和歌集』羈旅歌に在原業平の歌として収められ、『伊勢物語』第九段にも見える「名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」を踏まえている。隅田川のほとりで都鳥の名を聞き、都に残した人の安否を尋ねた歌で、この歌はその「ありや」の語を取っている。
初句「人をなほ」は、あの人をやはり、の意である。「人」は、便りを寄こさない都の相手を指す。
二句「恨みつべしや」は、恨んでしまってよいのだろうか、の意である。「つべし」は強意の「つ」に「べし」が付いたもので、終助詞「や」とともに、恨むべきかどうかを自らに問う形となる。ここで句が切れる二句切れである。
三句「都鳥」は、隅田川で都の人の安否を尋ねられた鳥として古歌に詠まれた鳥である。伊勢にいる作者が都鳥の名を呼び出すことで、都への思いが示される。
四句「ありやとだにも」は、「無事でいるか」とさえ、の意である。本歌の「ありやなしやと」を受けた語で、「だに」は最低限のものを挙げて、それさえもないことを示す。
結句「問ふを聞かねば」は、尋ねてくれるのを聞かないので、の意である。已然形に「ば」が付いて理由を表し、倒置によって恨みの理由が最後に置かれる。本巻の第九百四首の業平歌が、同じ『伊勢物語』第九段の東下りの途上で都の人に逢えない嘆きを詠んだのに対し、この歌は旅の地にある作者が、都の人から尋ねられないことを嘆いており、旅の地から都を思う心が重ねて並べられている。
みやこどり:隅田川の古歌に詠まれた水鳥、都の名を負う鳥
- 作者
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徽子女王
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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