旅衣たちゆく波路遠ければ
いさしら雲のほども知られず
- 歌の意味
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旅衣を裁つではないが、旅立ってゆく海路は遠いので、さあどうだろうか、白雲のかなたのように、いつ帰れるかその時もわからない。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 915
詞書「入唐し侍りける時いつほどにか帰るべきと人の問ひければ」
遠い旅路と水辺の旅を詠む一連の二首目である。旅立ってゆく海路は遠いので、白雲のかなたのように、いつ帰れるかは分からないと、渡海を前にした心を詠む。詞書によれば、唐土へ渡る時、いつごろ帰るのかと人に問われて答えた歌である。
作者の奝然は、平安時代中期の東大寺の僧である。永観元年(983)に宋に渡り、釈迦如来像を持ち帰った。「法橋」は僧の位の一つである。
場面は唐土へ渡る前、場所は唐土へ向けて旅立つ日本の地である。
直接の契機は、いつ帰るのかと人に問われたことである。
詞書の「入唐」は、中国に渡ることをいう。
初句「旅衣」は、旅に着る衣、の意である。次の「たち」を導き、衣を「裁つ」縁語の関係をつくる。
二句「たちゆく波路」は、旅立ってゆく海路、の意である。「たち」には旅に「発ち」の意と、衣を「裁ち」の意が掛けられ、初句の「旅衣」の縁語となっている。
三句「遠ければ」は、遠いので、の意である。已然形に「ば」が付いて理由を表す。
四句「いさしら雲の」は、さあどうだか分からない、の意の「いさ知ら」と「白雲」を掛けている。白雲は遠く隔たったかなたを表し、本巻の第九百一首、第九百六首に続いて白雲が隔たりの景として詠まれる。
結句「ほども知られず」は、帰る時期もわからない、の意である。「ほど」は時の程度と、白雲までの隔たりの両方にかかり、前歌の「雲居といひしほど」を受けて「ほど」の語で連なる。本巻の第八百九十八首が唐土にあって「はや日の本へ」と帰国を急いだのに対し、この歌は日本から唐土へ旅立つ側の歌であり、渡海の旅の往きと帰りが対をなしている。
たつ:旅に発つ意と、衣を裁つ意を掛ける
しらくも:「いさ知らず」の「知ら」と「白雲」を掛ける
なみぢ:船の行く海の道、海路
- 作者
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奝然
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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