船ながら今宵ばかりは旅寝せん
しきつの波に夢は覚むとも
- 歌の意味
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舟に乗ったままで、今夜だけは旅寝をしよう。たとえしきつの浦の波に夢が覚まされようとも。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 916
詞書「しきつの浦にまかりて遊びけるに舟に泊まりてよみ侍りける」
遠い旅路と水辺の旅を詠む一連の三首目である。舟に乗ったまま今夜だけは旅寝をしよう、しきつの波に夢が覚めようともと、浦での一夜を楽しむ心を詠む。詞書によれば、しきつの浦に出かけて遊んだ折、舟に泊まって詠んだ歌である。
作者の「実方朝臣」は藤原実方である。平安時代中期の歌人で、左近衛中将を務め、のちに陸奥守として任地に下り、そこで没した。中古三十六歌仙の一人である。
場面はしきつの浦で遊んだ夜、場所は浦に泊めた舟の上である。
直接の契機は、しきつの浦に遊びに出かけ、舟に泊まったことである。
初句「船ながら」は、舟に乗ったままで、の意である。本巻の第九百十三首の初句「立ちながら」と同じ形で始まり、立ったまま明かした夜と、舟の上で過ごす夜とが対をなしている。
二句「今宵ばかりは」は、今夜だけは、の意である。第九百十三首の二句「今宵は明けぬ」とも「今宵」の語を共有し、眠れずに明けた夜に対して、ここでは進んで旅寝を楽しむ夜が詠まれる。
三句「旅寝せん」は、旅寝をしよう、の意である。「ん」は意志を表し、ここで句が切れる三句切れである。遊びの舟泊まりを、あえて「旅寝」と呼んでいる。
四句「しきつの波に」は、しきつの浦の波に、の意である。しきつの浦は摂津国の住吉に近い浦とされる。
結句「夢は覚むとも」は、夢が覚めようとも、の意である。逆接の「とも」で、波音に眠りを破られることもいとわない心を示し、倒置によって三句の「旅寝せん」にかかる。本巻の第九百十二首が故郷の人を見た「旅寝の夢」を詠んだのに対し、この歌は波に覚まされる夢をも楽しむ旅寝を詠んでいる。
まかる:都から地方へ行く、出かける
しきつ:摂津国の浦の名
- 作者
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藤原実方
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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