古典和歌stream

小夜更けて芦の末越す浦風に
あはれうち添ふ波の音かな

歌の意味
夜が更けて、芦の葉末を越えて吹いてくる浦風に、しみじみとした思いをいっそう添える波の音であることよ。
鑑賞
巻第十 羈旅歌 919

詞書「天王寺に参りけるに難波の浦に泊まりてよみ侍りける」
 遠い旅路と水辺の旅を詠む一連の六首目である。夜が更けて芦の葉末を越えて吹く浦風に、しみじみとした思いを添える波の音であると、難波の浦での旅の夜を詠む。詞書によれば、天王寺に参詣する途中、難波の浦に泊まって詠んだ歌である。
 作者の肥後は、平安時代後期の女房である。「肥後」は国名による女房の呼び名である。
 場面は天王寺参詣の途中の夜更け、場所は摂津国の難波の浦である。
 直接の契機は、天王寺参詣の途中に難波の浦に泊まったことである。
 詞書の「天王寺」は、聖徳太子の創建と伝える摂津国の四天王寺である。

 初句「小夜更けて」は、夜が更けて、の意である。「小夜」の「さ」は語調を整える接頭語である。本巻の第九百十首の「夕霧」、前歌の「夕立」に続き、ここで夜更けの景となり、次歌の「暁方」へと時が移ってゆく。
 二句「芦の末越す」は、芦の葉末を越えて吹く、の意である。難波は芦の茂る浦として詠まれる歌枕である。
 三句「浦風に」は、浦を吹く風に、の意である。芦を鳴らして渡る風の音が、次の波の音を導く。
 四句「あはれうち添ふ」は、しみじみとした思いをいっそう添える、の意である。「うち」は動詞に付いて意味を強める接頭語である。
 結句「波の音かな」は、波の音であることよ、の意である。体言に詠嘆の「かな」が付いて結ばれる。浦風の音に波の音が重なり、耳で聞く音によって旅の夜の寂しさを深めている。本巻の第八百九十八首で故国の港として詠まれた御津と同じ難波の浦が、ここでは旅の宿りの地として詠まれる。

さよ:夜、「さ」は接頭語
すゑ:草木の葉先、末
作者
肥後
出典
新古今和歌集
その他の歌