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ありし世の旅は旅ともあらざりき
一人露けき草枕かな

歌の意味
あの人が生きていた頃の旅は、旅とも思えないものであった。今は一人涙に濡れる草枕であることよ。
鑑賞
巻第十 羈旅歌 923

詞書「頼み侍りける人に後れて後初瀬に詣でて夜泊まりたりける所に草を結びて枕にせよとて人の賜びて侍りければよみ侍りける」
 旅寝の寂しさを詠む一連の四首目である。あの人が生きていた頃の旅は旅とも思えないものであった、今は一人涙に濡れる草枕であることよと、先立たれた後の旅の寂しさを詠む。詞書によれば、頼りにしていた人に先立たれた後、初瀬に参詣して夜泊まった所で、草を結んで枕にせよと人がくれたので詠んだ歌である。
 作者の赤染衛門は、平安時代中期の女房歌人である。大江匡衡の妻で、藤原道長の妻倫子に仕えた。中古三十六歌仙の一人である。
 場面は頼りとした人に先立たれた後の初瀬詣での夜、場所は大和国の初瀬へ向かう旅の宿りである。
 直接の契機は、宿りで人から枕にする草を贈られたことである。
 詞書の「初瀬」は、大和国の長谷寺のある地である。

 初句「ありし世の」は、あの人が生きていた頃の、の意である。過去の助動詞「き」の連体形「し」によって、今はもう失われた日々を示す。
 二句「旅は旅とも」は、旅は旅とも、の意である。「旅」を重ねることで、同じ旅でありながら今と昔とで全く異なることを強調している。
 三句「あらざりき」は、思われなかった、の意である。過去の「き」で言い切る三句切れで、かつての旅が頼る人とともにあって少しもつらくなかったことを示す。
 四句「一人露けき」は、一人涙に濡れる、の意である。「露けき」は露に濡れる意で、夜露と涙の両方を表す。本巻の第九百二首の「一人や君が」、第九百十七首の同行を見失った歌と同じく、連れのない一人の旅が詠まれる。
 結句「草枕かな」は、草を結んだ旅の枕であることよ、の意である。詞書にある、人から贈られた草を結んだ枕を詠み込み、実際の枕と旅寝とを重ねている。本巻の第九百五首で初句に置かれた「草枕」の語が、ここでは結句に置かれ、旅寝の歌が草枕の語で受け止められている。

おくる:先立たれる、死に後れる
たぶ:お与えになる、くださる
はつせ:大和国の長谷寺のある地
作者
赤染衛門
出典
新古今和歌集
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