見し人もとふの浦風音せぬに
つれなく澄める秋の夜の月
- 歌の意味
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かつて親しく逢った人も訪れてはくれず、十府の浦の風のように便りもよこさないのに、素知らぬ顔で澄みわたっている秋の夜の月であることよ。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 930
詞書「陸奥国に侍りけるころ八月十五夜に京を思ひ出でて大宮の女房のもとに遣はしける」
旅の月を詠む一連の一首目である。かつて親しかった人も便りをよこさないのに、秋の夜の月だけは素知らぬ顔で澄んでいると、遠い任地で都を思う。詞書によれば、陸奥国にいたころ、八月十五夜に都を思い出し、大宮に仕える女房のもとへ贈った歌である。
作者の橘為仲は、平安時代中期の官人で歌人である。陸奥守として任地に下った。「朝臣」は四位や五位の者の名に添える敬称である。
場面は八月十五夜、場所は陸奥国である。
直接の契機は、陸奥国で八月十五夜の月を見て都を思い出したことである。
詞書の「大宮」は太皇太后や皇太后の呼称で、ここではその御所に仕える女房に贈っている。八月十五夜は中秋の名月の夜で、宮中でも月の宴が催された。
初句「見し人も」は、かつて親しく逢った人も、の意である。都に残してきた女房たちを指す。
二句「とふの浦風」の「とふ」には、訪れる、便りをする意の「問ふ」と、陸奥国の歌枕「十府の浦」が掛けられている。
三句「音せぬに」は、音を立てないのに、便りもないのに、の意である。「音」は浦風の音と、人からの便りの両方を表す。
四句「つれなく澄める」は、素知らぬ顔で澄んでいる、の意である。都の人の音沙汰のなさとは関わりなく、月だけが変わらず澄んでいるさまを示す。
結句「秋の夜の月」は、秋の夜の月、の意で、体言止めで結ばれる。八月十五夜の名月である。本巻の第九百八首が都からの便りのないことを「問ふを聞かねば」と嘆いたのと同じく、「とふ」の語によって都の人の訪れのなさを嘆いている。ここから旅の月の歌が続く。
とふ:「問ふ」の意と、陸奥国の歌枕「十府の浦」を掛ける
おほみや:太皇太后や皇太后の呼称
- 作者
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橘為仲
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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