夏刈りの芦のかりねもあはれなり
玉江の月の明け方の空
- 歌の意味
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夏に刈られた芦の刈り根のほとりで過ごす旅の仮寝も、しみじみと身にしみる。玉江に残る月の、明け方の空よ。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 932
詞書「守覚法親王家に五十首歌よませ侍りける旅歌」
旅の月を詠む一連の三首目である。夏に刈られた芦の刈り根のほとりでの仮寝もしみじみと身にしみる、玉江の月の残る明け方の空はと、水辺の旅寝の明け方を詠む。詞書によれば、守覚法親王の家で詠まれた五十首歌のうちの旅の歌である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。平安時代後期から鎌倉時代初期の歌人で、『千載和歌集』を撰進し、藤原定家の父である。
場面は旅の仮寝の明け方、場所は越前国の歌枕玉江である。
直接の契機は、守覚法親王の家で詠まれた五十首歌の、旅の題である。守覚法親王は後白河天皇の皇子で、仁和寺の門跡である。
本歌は『後拾遺和歌集』の源重之の歌「夏刈りの玉江の芦を踏みしだき群れゐる鳥の立つ空ぞなき」で、「夏刈り」「玉江」「芦」「空」の語を取っている。
初句「夏刈りの」は、夏に刈られた、の意である。本歌の初句をそのまま用いている。
二句「芦のかりねも」の「かりね」には、芦の「刈り根」と、旅の「仮寝」が掛けられている。本巻の第九百二十六首、第九百二十七首の「芦の丸屋」に続いて、芦のほとりの旅寝が詠まれる。
三句「あはれなり」は、しみじみと身にしみる、の意である。ここで句が切れる三句切れである。
四句「玉江の月の」は、玉江の空に残る月の、の意である。玉江は越前国の歌枕で、芦の名所として詠まれる。
結句「明け方の空」は、明け方の空、の意で、体言止めで結ばれる。本歌が飛び立つ空もないほど群れる鳥を詠んだのに対し、この歌は同じ玉江の空を、月の残る明け方の静かな空として詠み替えている。前歌が幾夜もの旅寝を振り返ったのを受け、ここではその一夜の明け方の空が詠まれる。
かりね:芦の「刈り根」の意と、旅の「仮寝」の意を掛ける
たまえ:越前国の歌枕、芦の名所
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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