都にて月をあはれと思ひしは
数にもあらぬすさびなりけり
- 歌の意味
-
都にいて月をしみじみと趣深いものと思っていたのは、物の数にも入らない、慰みごとにすぎなかったのだ。
- 鑑賞
-
巻第十 羈旅歌 937
詞書「題しらず」
旅の月を詠む一連の八首目である。都で月をあわれと思っていたのは、物の数にも入らない慰みごとであったと、旅先で見る月の深いあわれを知ったことを詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の西行は、俗名を佐藤義清といい、鳥羽院に北面の武士として仕えたのち出家した平安時代後期の歌人である。諸国を旅して歌を詠み、家集に『山家集』がある。
場面は旅先で月を見る時、場所は都を離れた旅先である。
直接の契機は伝わらない。
初句「都にて」は、都にいて、の意である。本巻の第九百十四首と同じ初句で始まり、どちらも都にいた頃の思いを旅先から振り返っている。
二句「月をあはれと」は、月をしみじみと趣深いものと、の意である。前歌の「有明の月」に続き、月が詠まれる。
三句「思ひしは」は、思っていたのは、の意である。過去の「し」で都にいた頃の心を振り返る。第九百十四首の「雲居といひし」と同じく、都での言葉や思いを旅先で見直す形である。
四句「数にもあらぬ」は、物の数にも入らない、の意である。都での月の思いを、取るに足りないものとして退けている。
結句「すさびなりけり」は、慰みごとにすぎなかったのだ、の意である。「なりけり」は、旅に出て初めて気づいた事柄を詠嘆をこめて示す。第九百十四首が都で言っていた雲居の遠さを旅先で身をもって知ったのと同じく、この歌は都で思った月のあわれが旅先の月のあわれに及ばないことを知っており、都と旅先の対比によって旅の月のあわれを深めている。
すさび:気の向くままにする慰みごと
- 作者
-
西行
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-