忘れじと契りて出でし面影は
見ゆらんものを故郷の月
- 歌の意味
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忘れまいと約束して出てきた私の面影は、故郷ではこの月に見えているだろうに。故郷の月よ。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 941
詞書「和歌所月十首歌合のついでに月前旅といへる心を人々仕うまつりしに」
旅の月を詠む一連の十二首目である。忘れまいと約束して出てきた自分の面影は、故郷の月に見えているだろうにと、旅先の月から故郷を思う。詞書によれば、和歌所の月十首歌合の折に「月前旅」の題で人々が詠んだ時の歌である。
作者の「摂政太政大臣」は藤原良経である。関白九条兼実の子で、摂政太政大臣に至り、『新古今和歌集』の仮名序を書いた。
場面は旅先で月を見る夜、場所は故郷を離れた旅先である。
直接の契機は、和歌所の月十首歌合の折の「月前旅」の題による詠である。
詞書の「和歌所」は、後鳥羽院が『新古今和歌集』の撰集のために設けた役所である。
初句「忘れじと」は、忘れまいと、の意である。「じ」は打消の意志を表し、別れの際の誓いの言葉を示す。
二句「契りて出でし」は、約束して出てきた、の意である。本巻の第九百三十八首の「契り置きてし」と同じく、旅立ちの際の約束が詠まれ、第九百三十六首の「出でし空」と同じく、過去の「し」で出立の時を振り返る。
三句「面影は」は、旅立った自分の姿は、の意である。
四句「見ゆらんものを」は、見えているだろうに、の意である。「らん」は目の前にない現在の事柄を推し量り、「ものを」は逆接の詠嘆を表す。
結句「故郷の月」は、故郷を照らす月、の意で、体言止めで結ばれる。前歌が故郷の人の面影を月に運ばせようとしたのに対し、この歌は旅人自身の面影が故郷の月に見えているだろうと詠んでおり、面影を運ぶ向きが反転している。
おもかげ:心に浮かぶ人の姿
わかどころ:後鳥羽院が設けた和歌の撰集のための役所
- 作者
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藤原良経
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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