- 歌の意味
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旅の行く末はあと幾夜と言えるのだろうか。岩代の岡の萱の根元に草を結んで枕としよう。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 947
詞書「百首歌奉りしに」
旅の枕を詠む一連の二首目である。旅の行く末はあと幾夜と言えようか、岩代の岡の萱の根元に枕を結ぼうと、先の見えない旅の夜を詠む。詞書によれば、百首歌を奉った時の歌である。
作者の式子内親王は、後白河天皇の皇女で、賀茂の斎院を務めた。
場面は旅の夜、場所は紀伊国の岩代の岡である。
直接の契機は、後鳥羽院に百首歌を奉った折の詠である。
本歌は『万葉集』巻一の中皇命の歌「君が代も我が代も知るや磐代の岡の草根をいざ結びてな」で、互いの命の長さを岩代の岡の草を結んで祈った歌である。この歌は「岩代の岡」と草を「結ぶ」の語を取り、旅の枕を結ぶ歌としている。
初句「行く末は」は、旅の行く末は、の意である。これから先の旅路を思う。
二句「今幾夜とか」は、あと幾夜と、の意である。係助詞「か」による疑問で、結句の「ん」が連体形で結ばれる。本巻の第九百四十三首の「幾夜かは」が重ねてきた夜を数えたのに対し、ここではこれから先の夜を数えている。
三句「いはしろの」の「いは」には、「言は」の意と、紀伊国の歌枕「岩代」が掛けられている。岩代は、草や松の枝を結んで旅の無事を祈った地として詠まれる。
四句「岡の萱根に」は、岡の萱の根元に、の意である。本歌の「岡の草根」を受けた語である。
結句「枕結ばん」は、草を結んで枕としよう、の意である。本歌が命を祈って草を結んだのに対し、この歌は旅寝の枕として草を結んでおり、行く末の知れない旅の心細さが込められている。本巻の第九百二十三首の詞書にも、草を結んで枕とする旅寝が見える。
いはしろ:「言は」の意と、紀伊国の歌枕「岩代」を掛ける
かやね:萱の根元
むすぶ:草などを結び合わせる
- 作者
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式子内親王
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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