かくしても明かせば幾夜過ぎぬらん
山路の苔の露の筵に
- 歌の意味
-
このようにしてでも夜を明かしてきたので、もう幾夜が過ぎたことだろう。山道の苔の上の、露に濡れた筵のような寝床で。
- 鑑賞
-
巻第十 羈旅歌 949
詞書「千五百番歌合に」
旅の枕を詠む一連の四首目である。こうしてでも夜を明かしてきて幾夜が過ぎたことだろう、山路の苔の露の筵の上でと、山中の旅寝の夜を重ねたことを詠む。詞書によれば、千五百番歌合に出された歌である。
作者の「皇太后宮大夫俊成女」は俊成卿女である。藤原俊成の孫で、その養女となった鎌倉時代初期の女房歌人である。
場面は山中で重ねる旅寝の夜、場所は苔の生えた山路である。
直接の契機は、後鳥羽院が催した千五百番歌合である。
初句「かくしても」は、このようにしてでも、の意である。苔の上に寝るような旅寝を、それでもなお続けてきたことを示す。
二句「明かせば幾夜」は、夜を明かしてきて、幾夜、の意である。已然形に「ば」が付き、重ねた夜を振り返る。
三句「過ぎぬらん」は、過ぎたのだろうか、の意である。完了の「ぬ」に推量の「らん」が付き、ここで句が切れる三句切れである。本巻の第九百四十七首の「今幾夜とか」がこれから先の夜を数えたのに対し、ここでは過ぎた夜を数えている。
四句「山路の苔の」は、山道の苔の、の意である。本巻の第九百二十四首の「山路」と同じく、露に濡れる山中の旅が詠まれる。
結句「露の筵に」は、露に濡れた筵のような寝床で、の意である。苔を筵に見立て、倒置によって寝る場所を最後に置く。前歌の「さ夜枕」が涙に濡れる枕であったのに対し、この歌は露に濡れる苔の筵を詠み、枕から寝床へと旅寝の場が広げられている。
むしろ:藁や藺草などで編んだ敷物
あかす:夜を明かす
- 作者
-
俊成卿女
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-