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夕日さす浅茅が原の旅人は
あはれいづくに宿を借るらん

歌の意味
夕日の差す浅茅が原を行く旅人は、ああ、今夜どこに宿を借りるのだろうか。
鑑賞
巻第十 羈旅歌 951

詞書「暮望行客といへる心を」
 日暮れの旅路と宿を詠む一連の二首目である。夕日の差す浅茅が原を行く旅人は、ああ、どこに宿を借りるのだろうと、日暮れの野を行く旅人を思いやる。詞書によれば「暮望行客」の題で詠まれた。
 作者の「大納言経信」は源経信である。平安時代後期の公卿で、正二位大納言に至り、桂大納言と呼ばれた。
 場面は夕暮れ、場所は浅茅の生い茂る野原である。
 直接の契機は「暮望行客」の題による詠である。題は、夕暮れに道行く旅人を眺めるという意である。
 原文の詞書には「暮」の後に「望」を補う注記があり、これに従って題を「暮望行客」とした。また本文の結句には「と」を「か」とする注記があり、読み仮名の行の「かるらむ」と一致するため、これに従い「借るらん」とした。

 初句「夕日さす」は、夕日の差す、の意である。日の暮れかかる時刻が示される。
 二句「浅茅が原の」は、丈の低い茅の生い茂る野原の、の意である。人家のない荒れた野のさまが示される。
 三句「旅人は」は、旅人は、の意である。見る者の目に映る旅人が示される。本巻の第九百二十八首と同じく、旅人を見る側から詠んだ歌である。
 四句「あはれいづくに」は、ああ、どこに、の意である。「あはれ」は感動詞で、旅人への同情を込めて問いかける。
 結句「宿を借るらん」は、宿を借りるのだろうか、の意である。「らん」は目の前にない事柄を推し量る助動詞である。前歌が山路で日暮れを迎えた旅人自身の心を詠んだのに対し、この歌は日暮れの野を行く旅人を見る側から思いやっており、旅人と見る者の立場が反転している。本巻の第九百五首の「宿や借らまし」が旅人自身の迷いであったのに対し、ここでは見る者が旅人の宿を案じている。

あさぢ:丈の低い茅
やど:泊まる所、宿
作者
源経信
出典
新古今和歌集
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