- 歌の意味
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故郷も、秋は夕べの寂しさを形見としているのだろう。その同じ夕べの風だけが送ってくる、小野の篠原よ。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 957
詞書「和歌所の歌合に羇中暮といふことを」
日暮れの旅路と宿を詠む一連の八首目である。故郷も秋は夕べを形見として、その夕べの風だけを送ってくる小野の篠原であると、旅の夕暮れに吹く風に故郷を思う。詞書によれば、和歌所の歌合で「羇中暮」の題で詠まれた。
作者の「皇太后宮大夫俊成女」は俊成卿女である。藤原俊成の孫で、その養女となった鎌倉時代初期の女房歌人である。
場面は旅の秋の夕暮れ、場所は小野の篠原である。
直接の契機は、和歌所で催された歌合の「羇中暮」の題による詠である。
初句「故郷も」は、故郷もまた、の意である。「も」によって、旅先と同じく故郷も、という思いが示される。
二句「秋は夕べを」は、秋は夕べを、の意である。秋の夕べは古来もの思いの時として詠まれてきた。
三句「形見にて」は、形見として、の意である。離れた故郷と旅先とを、同じ秋の夕べがつないでいることを示す。
四句「風のみ送る」は、風だけを送ってくる、の意である。故郷からの便りはなく、ただ風だけが届くことを示す。本巻の第九百三十首の「とふの浦風音せぬに」と同じく、故郷からの訪れのなさが風によって示される。
結句「小野の篠原」は、篠竹の生える小野の原、の意で、体言止めで結ばれる。風に鳴る篠原の景によって、旅の夕暮れの寂しさが示される。前歌が見知らぬ野原での日暮れを詠んだのに続き、この歌も篠原という野の夕暮れを詠んでいる。
かたみ:思い出のよすがとなるもの
しのはら:篠竹の生い茂る原
- 作者
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俊成卿女
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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