都をば天つ空とも聞かざりき
何眺むらん雲のはたてを
- 歌の意味
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都を天空のかなたにあるものとは聞いたことがなかった。それなのに、どうして雲の果てを眺めているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 959
詞書は前の歌に続き「和歌所の歌合に羇中暮といふことを」
日暮れの旅路と宿を詠む一連の十首目である。都を天空のかなたとは聞いたこともないのに、なぜ雲の果てを眺めているのだろうと、旅の夕暮れに都の方の空を見やる自らを問う。詞書によれば、和歌所の歌合で「羇中暮」の題で詠まれた。
作者の宜秋門院丹後は、鎌倉時代初期の女房歌人である。後鳥羽天皇の中宮任子、のちの宜秋門院に仕えた。
場面は旅の夕暮れ、場所は都を遠く離れた旅先である。
直接の契機は、和歌所で催された歌合の「羇中暮」の題による詠である。
本歌は『古今和歌集』恋の部のよみ人しらずの歌「夕暮は雲のはたてにものぞ思ふ天つ空なる人を恋ふとて」で、「雲のはたて」「天つ空」の語を取っている。
初句「都をば」は、都を、の意である。「をば」は目的語を強く示す。
二句「天つ空とも」は、天空のかなたにあるものとも、の意である。本歌の「天つ空なる人」を受け、恋う人を天空の人とした語を都に当てている。
三句「聞かざりき」は、聞いたことがなかった、の意である。過去の「き」で言い切る三句切れである。
四句「何眺むらん」は、どうして眺めているのだろうか、の意である。「らん」は原因を推し量る助動詞で、自らの行為をいぶかる形である。本巻の第九百十四首の「越路の空を眺めつつ」が都から遠い空を眺めたのに対し、ここでは旅先から都の方の空を眺めている。
結句「雲のはたてを」は、雲の果てを、の意である。本歌では恋の夕暮れの眺めであった「雲のはたて」を、旅の夕暮れに都を思う眺めとして詠み替えている。倒置によって眺める先が最後に置かれる。
はたて:果て、端
あまつそら:天空、空のかなた
- 作者
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宜秋門院丹後
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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