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いたづらに立つや浅間の夕煙
里問ひかぬるをちこちの山

歌の意味
むなしく立ちのぼる浅間山の夕煙よ。それを見ても人里の在りかを尋ねかねる、遠く近くの山々であることよ。
鑑賞
巻第十 羈旅歌 958

詞書は前の歌に続き「和歌所の歌合に羇中暮といふことを」
 日暮れの旅路と宿を詠む一連の九首目である。浅間の夕煙がむなしく立ちのぼるばかりで、遠く近くの山々のどこに人里があるのか尋ねかねると、日暮れに宿りを求める旅人の心細さを詠む。詞書によれば、和歌所の歌合で「羇中暮」の題で詠まれた。
 作者の「雅経朝臣」は藤原雅経である。鎌倉時代初期の歌人で、『新古今和歌集』の撰者の一人である。
 場面は旅の夕暮れ、場所は信濃国の浅間山を望む山中である。
 直接の契機は、和歌所で催された歌合の「羇中暮」の題による詠である。
 本歌は本巻の第九百三首の在原業平の歌「信濃なる浅間の嶽に立つ煙をちこち人の見やはとがめね」で、「立つ」「浅間」「煙」「をちこち」の語を取っている。

 初句「いたづらに」は、むなしく、の意である。煙を見ても頼りにならないことを示す。
 二句「立つや浅間の」は、立ちのぼる浅間の、の意である。助詞「や」は詠嘆を表す。本歌の「浅間の嶽に立つ煙」を受けた語である。
 三句「夕煙」は、夕方に立つ煙、の意である。ここで句が切れる三句切れである。本歌の噴煙を夕暮れの煙とし、人家の炊煙かと思わせながら頼りにならないものとしている。
 四句「里問ひかぬる」は、人里の在りかを尋ねかねる、の意である。日暮れに宿を求めようとしても、里の方角さえ分からない心細さが示される。
 結句「をちこちの山」は、遠く近くの山々、の意で、体言止めで結ばれる。本歌の「をちこち人」が煙を見とがめる人々であったのに対し、この歌では人の姿はなく、遠近の山々があるばかりであり、驚きの歌を心細さの歌へと詠み替えている。

ゆふけぶり:夕方に立つ煙
をちこち:遠い所と近い所
作者
藤原雅経
出典
新古今和歌集
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