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初瀬山夕越え暮れて宿問へば
三輪の檜原に秋風ぞ吹く

歌の意味
初瀬山を夕方に越えて日が暮れ、宿を尋ねると、答える人もなく、三輪の檜原に秋風が吹くばかりである。
鑑賞
巻第十 羈旅歌 966

詞書「長月のころ初瀬に詣でける道にてよみ侍りける」
 旅の道すがらの景と思いを詠む一連の二首目である。初瀬山を夕方に越えて日が暮れ、宿を尋ねると、三輪の檜原に秋風が吹くばかりであると、宿を求める旅の夕暮れを詠む。詞書によれば、九月のころ初瀬に参詣する道中で詠まれた歌である。
 作者の禅性は、平安時代後期の僧で歌人である。
 場面は九月の夕暮れ、場所は大和国の初瀬山から三輪山のふもとの檜原へかけての道である。
 直接の契機は、初瀬への参詣の道中での詠である。
 詞書の「初瀬」は、大和国の長谷寺のある地である。

 初句「初瀬山」は、大和国の長谷寺のある山で、歌枕である。本巻の第九百二十三首の詞書にも初瀬詣でが見える。
 二句「夕越え暮れて」は、夕方に山を越えて日が暮れて、の意である。山越えの途中で日が暮れる旅のさまが示される。
 三句「宿問へば」は、宿を尋ねると、の意である。已然形に「ば」が付き、宿を求めた結果へと転じる。本巻の第九百五十二首の「いづくにか今宵は宿を」と同じく、日暮れに宿を求める旅が詠まれる。
 四句「三輪の檜原に」は、三輪山のふもとの檜の林に、の意である。三輪の檜原は大和国の歌枕である。
 結句「秋風ぞ吹く」は、秋風が吹くばかりである、の意である。係助詞「ぞ」を受けて連体形「吹く」で結ばれる。宿を問う声に答えるのは秋風ばかりという寂しさが示される。本巻の第九百二十首と同じ結句であり、あちらが鹿の声とともに稲葉を渡る暁の秋風であったのに対し、ここでは檜原を渡る夕暮れの秋風が詠まれている。

ながつき:陰暦九月
ひばら:檜の生い茂る林
作者
禅性
出典
新古今和歌集
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