世の中を厭ふまでこそ難からめ
かりの宿りを惜しむ君かな
- 歌の意味
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世の中を厭い捨てることまでは難しいでしょう。けれども、仮の世のほんのひとときの宿を貸すことまで惜しむあなたであることよ。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 978
詞書「天王寺に詣で侍りけるに俄に雨降りければ江口に宿を借りけるに貸し侍らざりければよみ侍りける」
江口の宿をめぐる西行と遊女妙の贈答の一首目である。世を厭い捨てるのは難しいとしても、仮の宿を貸すことまで惜しむとはと、宿を断った遊女に詠みかける。詞書によれば、天王寺に参詣する途中、にわかに雨が降ったので江口で宿を借りようとしたが、貸してもらえなかった時の歌である。
作者の西行は、俗名を佐藤義清といい、鳥羽院に北面の武士として仕えたのち出家した平安時代後期の歌人である。諸国を旅して歌を詠み、家集に『山家集』がある。
場面は天王寺参詣の途中のにわか雨の折、場所は摂津国の江口である。
直接の契機は、江口で宿を借りようとして断られたことである。
詠出後、宿の主である遊女妙が次歌の第九百七十九首で返歌を詠んだ。詞書の「江口」は、淀川の河口近くにあった遊女の里である。
初句「世の中を」は、この世を、の意である。出家した作者が、俗世そのものを話題に置く。
二句「厭ふまでこそ」は、厭い捨てることまでは、の意である。係助詞「こそ」は三句の已然形「め」で結ばれる。
三句「難からめ」は、難しいであろう、の意である。「こそ…め」の已然形で、次の句へ逆接的に続け、ここで句が切れる三句切れである。出家するほどのことは難しいとしても、と相手に譲歩している。
四句「かりの宿りを」の「かり」には、宿を「借り」の意と、この世を仮のものとする「仮」の意が掛けられている。宿を借りる願いと、この世は仮の宿りにすぎないという仏教の考えとが一語に重ねられている。
結句「惜しむ君かな」は、惜しむあなたであることよ、の意である。詠嘆の「かな」で結ばれる。本巻の第九百五十二首、第九百七十三首が宿を借りる旅を詠んだのに対し、ここでは宿を断られており、仮の宿さえ惜しむ相手に、世を厭う理を差し向けている。
かり:宿を「借り」の意と、この世を仮のものとする「仮」の意を掛ける
いとふ:嫌って避ける、俗世を捨てる
えぐち:淀川の河口近くにあった遊女の里
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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