我もしかなきてぞ人に恋ひられし
今こそよそに声をのみ聞け
- 歌の意味
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私もかつてはあの鹿のように泣いて、人に恋い慕われたものだった。今こそは、よそながらその声ばかりを聞いている。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1373
詞書は前の歌に続き「題しらず」
鳥獣に寄せる一連の三首目である。自分もかつては鹿のように鳴いて恋い慕われたが、今はよそながら鹿の声を聞くばかりだと、過ぎた恋を振り返る。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「読人しらず」は、名の伝わらない作者であることを示す。
初句「我もしか」の「しか」は、そのように、の意の「然」と、動物の「鹿」を掛ける掛詞である。
二句「なきてぞ人に」の「なき」は、鹿が「鳴き」、人が「泣き」の意を掛ける掛詞である。係助詞「ぞ」が三句に係る。
三句「恋ひられし」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「し」で結ぶ係り結びで、恋い慕われたものだった、の意である。三句で切れる。前歌の山鳥に続き、妻を恋うて鳴く鹿が詠まれる。
四句「今こそよそに」は、今はもう離れた所で、の意で、係助詞「こそ」が結句に係る。三句までの過去と、四句からの今とが対比される。
結句「声をのみ聞け」は、係助詞「こそ」を受けて已然形「聞け」で結ぶ係り結びである。前歌が姿を見て泣いたのに対し、この歌は声を聞くばかりで、恋い慕われた過去と、よそながら声を聞くだけの今との隔たりを示している。
しか:「然」すなわちそのようにの意と、動物の「鹿」を掛ける
なく:鹿が「鳴く」意と、人が「泣く」意を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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昼は来て夜は別るる山鳥の 影見る時ぞ音は泣かれける
- 次の歌
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夏野ゆく牡鹿の角の束の間も 忘れず思へ妹が心を