- 歌の意味
-
夏の野を行く牡鹿の生えはじめの角のように短い、ほんの束の間も、いとしい人の心を忘れずに思え。
- 鑑賞
-
巻第十五 恋歌五 1374
詞書は前の歌に続き「題しらず」
鳥獣に寄せる一連の四首目である。夏野を行く牡鹿の短い角のように、ほんの束の間もいとしい人の心を忘れずに思えと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「人麿」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、持統天皇、文武天皇の朝廷に仕え、後世、歌聖と仰がれた。
『万葉集』巻四に、下の句を「妹が心を忘れて思へや」とする人麻呂の歌が見え、その異なる伝えである。
初句「夏野ゆく」は、夏の野を行く、の意である。
二句「牡鹿の角の」は、夏に生えかわったばかりの牡鹿の短い角をいう。前歌の鹿を受け、同じ鹿の景物が続く。
三句「束の間も」の「束」は、手でひと握りするほどの短さをいう。初句と二句は、短い角から「束の間」を導く序詞である。
四句「忘れず思へ」は、忘れずに思え、の意で、「思へ」は命令形である。四句で切れる。
結句「妹が心を」は、四句からの倒置で、何を忘れずに思うのかを後から示す。前歌が秋の鹿の声を詠んだのに対し、この歌は夏の鹿の角を詠み、同じ鹿を声と姿、秋と夏で扱っている。
をじか:雄の鹿
つかのま:ひと握りほどの短い間
いも:男が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
我もしかなきてぞ人に恋ひられし 今こそよそに声をのみ聞け
- 次の歌
-
夏草の露分け衣着もせぬに などわが袖の乾く時なき