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夏草の露分け衣着もせぬに
などわが袖の乾く時なき

歌の意味
夏草の露を分けて行く衣を着ているわけでもないのに、どうして私の袖は乾く時がないのだろうか。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 1375

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 袖と水辺に寄せる一連の一首目である。夏草の露を分けて歩く衣を着てもいないのに、なぜ袖が乾く時がないのかと、涙に濡れる袖を詠む。原文に作者名はなく、前歌に続く人麿の歌として配列されている。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者の「人麿」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、持統天皇、文武天皇の朝廷に仕え、後世、歌聖と仰がれた。
 『万葉集』巻十に、結句を「干る時もなき」とする作者未詳の歌が見え、その異なる伝えである。

 初句「夏草の」は、前歌の「夏野」を受け、夏の景物が続く。
 二句「露分け衣」は、草の露を分けて歩くときに着る衣をいう。露に濡れるはずの衣である。
 三句「着もせぬに」は、着てもいないのに、の意である。三句で切れる。
 四句「などわが袖の」の「など」は、どうして、の意で、疑問を表す。
 結句「乾く時なき」は、「など」を受けて連体形で結ぶ。露に濡れる理由がないのに乾かない袖によって、涙の多さを裏から示している。袖が乾かないという嘆きは、次の第千三百七十七首の三句「乾かぬは」にも受け継がれる。

つゆわけごろも:草の露を分けて歩くときに着る衣
作者
柿本人麻呂
出典
新古今和歌集
前の歌
夏野ゆく牡鹿の角の束の間も 忘れず思へ妹が心を
次の歌
禊するならの小川の川風に 祈りぞわたる下に絶えじと