住み慣れしわが故郷はこのごろや
浅茅が原に鶉鳴くらん
- 歌の意味
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住み慣れた私の故郷の僧房は、このごろは、浅茅の茂る野原となって、鶉が鳴いているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1680
詞書「三井寺焼けて後、住み侍りける房を思ひやりて詠める」
荒れた故郷を詠む一連の一首目である。住み慣れた故郷の僧房は、このごろは浅茅の原となって鶉が鳴いているのだろうかと思いやる。詞書によれば、三井寺が焼けた後、住んでいた僧房を思いやって詠んだ歌である。
作者の「大僧正行尊」は、参議源基平の子で、園城寺の僧である。大峰や熊野で修行を重ね、のちに天台座主となった。
三井寺は近江国の園城寺の通称で、比叡山延暦寺との争いによってたびたび焼かれた。
初句「住み慣れし」は、長く住んで慣れ親しんだ、の意である。
二句「わが故郷は」は、私の故郷は、の意で、焼けた三井寺の僧房を指す。
三句「このごろや」は、このごろは、の意である。「や」は疑問の係助詞である。
四句「浅茅が原に」は、丈の低い茅の茂る野原に、の意である。焼け跡が荒れ野となったさまを思い描く。
結句「鶉鳴くらん」は、係助詞「や」を受けて「らん」の連体形で結ぶ係り結びである。鶉は荒れた野に鳴く鳥として詠まれ、故郷の荒廃を遠くから思いやる。前の一連の昔を偲ぶ心を受けて、荒れ果てた故郷を詠む一連が始まる。
あさぢ:丈の低い茅
うづら:荒れた野に住む鳥
ばう:僧の住む部屋
- 作者
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行尊
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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昔見し庭の小松に年古りて 嵐の音を梢にぞ聞く
- 次の歌
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故郷は浅茅が末になり果てて 月に残れる人の面影