谷川の流れし清く澄みぬれば
隈なき月の影も浮かびぬ
- 歌の意味
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谷川の流れが清く澄んだので、曇りのない月の光もその水面に浮かんだことだ。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1930
詞書「涅槃経をよみ侍りける時、夢に『散る花に池の氷も解けぬなり花吹き散らす春の夜の空』と書きて人の見せ侍りければ、夢のうちに返すと覚えける歌」
経を読み法を思う述懐の一連の一首目である。谷川の流れが清く澄んだので、曇りのない月の影も映ったと詠む歌である。詞書によれば、『涅槃経』を読んでいた頃、夢の中で人が「散る花に池の氷も解けぬなり花吹き散らす春の夜の空」と書いて見せたので、夢の中で返歌したと覚えている歌である。
清く澄んだ水に月が映るように、心が清らかになれば仏の姿が宿るという、経を読む者の悟りの心を、景に託して表している。
作者名は原文になく、前歌に続いて肥後の歌である。肥後は、平安時代後期の女房歌人で、京極関白藤原師実の家に仕え、京極関白家肥後とも呼ばれる。
『涅槃経』は、釈迦の入滅を舞台に、仏が常住であることや、すべての衆生に仏性があることを説く経典である。
初句「谷川の」は、夢の歌の「池の氷」を受け、氷の解けた後の流れる水へと景を移している。
二句「流れし清く」の「し」は強意の副助詞で、流れの清らかさを強める。
三句「澄みぬれば」は、澄んでしまったので、の意で、完了の「ぬ」の已然形に「ば」が付いた確定条件である。水が澄むことに、心が澄むことを重ねている。
四句「隈なき月の」は、一点の曇りもない月で、仏や仏性のたとえと解される。夢の歌の「春の夜の空」に、月を添えて応じている。
結句「影も浮かびぬ」は、月の光が水面に映ったことを完了の「ぬ」で言い切る。清らかな心に仏が宿ることを、水に月が映る景で示している。
くま:光の届かない暗い所。曇り
かげ:光。また、水に映る姿
- 作者
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肥後
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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紫の雲の林を見わたせば 法にあふちの花咲きにけり
- 次の歌
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願はくはしばし闇路にやすらひて かかげやせまし法のともし火