とくみのきくの白露夜はおきて
つとめて消えんことをしぞ思ふ
- 歌の意味
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説かれる御法を聞く身は、菊の白露のように、夜は起きて置き、早朝には消える。そのように夜は起きて勤め、勤めのうちに消えてゆくことばかりを思う。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1932
詞書は前の歌に続き「述懐歌の中に」
経を読み法を思う述懐の一連の三首目である。夜は起きて法を聞き、朝には菊の白露が消えるように、勤行のうちに命を終えたいと願う歌である。詞書は前歌に続き、述懐の歌の中の一首である。
掛詞を重ねて、露の置き消える一夜の姿に、夜を徹して法を聞き勤める者の往生の願いを託している。
作者名は原文になく、前歌に続いて前大僧正慈円の歌である。前大僧正慈円は、関白藤原忠通の子で、九条兼実の弟にあたる天台宗の僧である。天台座主を四度務め、歴史書『愚管抄』を著した。
初句「とくみの」は、説かれる御法、の意と解される。本文は「とくみの」と四音で記されている。
二句「きくの白露」の「きく」は、法を「聞く」意と「菊」を掛ける掛詞である。菊の上の白露が、はかない身のたとえとなる。
三句「夜はおきて」の「おき」は、夜に「起き」て勤める意と、露が「置き」の意を掛ける掛詞で、字余りである。
四句「つとめて消えん」の「つとめて」は、早朝の意と、仏道を「勤めて」の意を掛ける掛詞である。朝に消える露に、勤行のうちに命を終えることを重ねる。
結句「ことをしぞ思ふ」は、強意の副助詞「し」と係助詞「ぞ」を受けて連体形「思ふ」で結ぶ係り結びで、そればかりをひたすら願う心を示す。前歌の「闇路」の夜から、この歌の朝へと時が移る。
きく:仏法を「聞く」意と、「菊」を掛ける
おく:夜に「起く」意と、露が「置く」意を掛ける
つとめて:早朝の意と、仏道を「勤めて」の意を掛ける
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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願はくはしばし闇路にやすらひて かかげやせまし法のともし火
- 次の歌
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極楽へまだわが心行きつかず 羊の歩みしばしとどまれ