霜八度置けど枯れせぬ榊葉の
たち栄ゆべき神の巫覡かも
- 歌の意味
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霜が幾度置いても枯れない榊の葉のように、いよいよ栄えてゆくにちがいない神に仕える人であることよ。
- 鑑賞
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巻第二十 大歌所御歌 1075
詞書は前の歌に続き「神遊びの歌 採物の歌」
霜にも枯れない常緑の榊を引き合いに、神に仕える人がいつまでも栄えるようにと寿ぐ。榊の常緑を不変と繁栄のしるしとし、神楽に奉仕する人々への祝福とする。作者は記されていない。
採物の歌は、神楽で舞人が手に持つ採物(榊、弓、杓、葛など)を題として歌われた神楽歌である。本巻の第千七十四首から第千七十九首までの六首がこの一連をなす。
初句「霜八度」は、霜が幾度もの意で、「八度」は回数の多いことを表す。
二句「置けど枯れせぬ」は、霜が置いても枯れることのないの意で、「ど」は逆接を表す。
三句「榊葉の」までの上の句は、「たち栄ゆ」を導く比喩である。前歌の第千七十四首の「榊葉は」を受け、採物の榊を題とする歌が二首続く。
四句「たち栄ゆべき」は、いよいよ栄えてゆくはずのの意で、「たち」は接頭語、「べき」は確信をこめた推量を表す。
結句「神の巫覡かも」は、神に仕える人であることよの意で、「かも」は詠嘆を表す。
きね:神に仕えて神楽などを奏する人
たちさかゆ:いよいよ栄える
かれす:枯れる
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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神垣の御室の山の榊葉は 神の御前に茂りあひにけり
- 次の歌
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巻向の穴師の山の山人と 人も見るがに山かづらせよ