潮騒に伊良虞の島辺漕ぐ舟に
妹乗るらむか荒き島廻を
- 歌の意味
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潮が満ちて波の騒ぐ中、伊良虞の島のあたりを漕ぐ舟に、あの娘は乗っているのだろうか。あの荒々しい島のまわりを。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 42
詞書は前の歌に続き「伊勢国に幸す時に、京に留まれる柿本朝臣人麻呂の作る歌」
都に残った人麻呂が、潮の騒ぐ荒い海を行く舟に愛しい人が乗っているのではないかと案じる歌である。前の二首が行幸先の華やかな情景を思いやったのに対し、この歌では荒い海への不安と恋人を気づかう思いが中心となり、三首の連作を情感豊かに締めくくっている。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇と文武天皇の時代に活躍した宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人である。官位は低かったとみられるが、長歌を中心に雄大で格調高い歌を数多く残し、後世には「歌聖」とたたえられた。
初句「潮騒に」は、潮が満ちてくる時に波が立ち騒ぐこと、またその音をいう。荒い海の緊張感を冒頭から示している。
二句「伊良虞の島辺」は、伊良虞の島のあたりの意である。本巻の第二十三首、第二十四首にも「伊良虞の島」が詠まれており、同じ地名を共有している。
三句「漕ぐ舟に」は、島のあたりを漕いで行く舟にの意で、二句から続けて舟の位置を示している。
四句「妹乗るらむか」は、「妹」が男性から恋人や妻を親しんで呼ぶ語、「らむ」が現在推量、「か」が疑問で、あの人は乗っているのだろうかの意である。ここで切れて、結句と倒置の関係になっている。
結句「荒き島廻を」は、荒々しい島のまわりをの意で、倒置によって海の危険さを強調し、案じる思いを深めている。
しほさゐ:潮が満ちるときに波が立ち騒ぐこと、その音
しまみ:島のまわり
いも:男性が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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釧着く答志の崎に今日もかも 大宮人の玉藻刈るらむ
- 次の歌
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我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の 名張の山を今日か越ゆらむ