- 歌の意味
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答志の崎で、今日もまた大宮人たちが美しい藻を刈っていることだろうか。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 41
詞書は前の歌に続き「伊勢国に幸す時に、京に留まれる柿本朝臣人麻呂の作る歌」
都に残った人麻呂が、行幸の一行が今日も答志の崎で藻を刈って遊んでいるだろうかと思いやる歌である。前歌に続いて旅先の宮廷人たちの楽しげな様子を想像しつつ、都にとどまる身のさびしさもにじませている。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇と文武天皇の時代に活躍した宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人である。官位は低かったとみられるが、長歌を中心に雄大で格調高い歌を数多く残し、後世には「歌聖」とたたえられた。
初句「釧着く」は、腕輪を手首に着けるの意で、手首を表す「手節」と同音の「答志」にかかる枕詞である。
二句「答志の崎に」は、伊勢湾口にある答志島の崎で、現在の三重県鳥羽市にあたる。
三句「今日もかも」は、「かも」が疑問の係助詞で、今日もまたの意である。結句の「らむ」と係り結びをなし、毎日繰り返される遊びを思いやっている。
四句「大宮人の」は、行幸に従った宮廷の人々を指す。本巻の第三十首にも「大宮人の」の句があり、そこでは失われた都の人々、ここでは旅を楽しむ人々と、同じ語が対照的な情景に用いられている。
結句「玉藻刈るらむ」は、「らむ」が現在推量の助動詞で、三句の「かも」を受けて連体形で結ぶ係り結びとなっている。本巻の第二十三首では流人が藻を刈るさまが哀れまれたが、ここでは大宮人の遊びとして華やかに描かれ、同じ「玉藻刈る」が対照的な趣で詠まれている。
くしろ:手首や腕に着ける飾りの輪
たふし:手首
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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嗚呼見の浦に舟乗りすらむをとめらが 玉裳の裾に潮満つらむか
- 次の歌
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潮騒に伊良虞の島辺漕ぐ舟に 妹乗るらむか荒き島廻を